はじめての涙 プーケット 物乞い 死体博物館 犯罪専門誌 電脳市場 トゥクトゥク ソイカウボーイ 拳銃 | |||||||||
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- はじめての涙 - 1991年、私は初めてタイに足を踏み入れた年、初回にして早々タクシーの運転手に騙された。 ビギナーだった私は、日本人の間ではタイスキで有名なコカレストランに行く予定だった。 ホテルの前で、そのタイ人は人懐っこい笑顔で手招きしてくれた。 「おおっ!タイ人ってなんて親切なんだ!」おもむろに地図を見せ、ここに行きたいと告げると、 「オッケーオッケー。おいらにまかしな。」というような言葉を発したあと、冷凍庫のようにガンガン冷えているそのタクシーに誘導したのだった。 初めてのバンコクの夜景は美しかった。しばらく見とれていた…。かなり見とれていたのか…? 気がつくと夜景は無くなり、人もまばらになり、しまいには野良犬しかいない道路を走っていた。 「ちょっと、そんなに遠くないでしょう。違うんじゃないすか?」とジェスチャーで伝えると 「マイペンライ!」と言い放ち、その運転手は突然方向を変えて、暗闇の中にぽつんと佇む、しかしわりに大きいレストランの前でぶっきらぼうに降りろと言ってきた。 「なんだよ、ここは違うだろうが。戻ってコカに連れていけ!それまで金は払わない。」 「ふざけんな、日本人旅行者め。」バシッ。グサッ。ピュ-ッ。 そんな空想にふけっていた私は、とりあえずそこで位置確認をすることに決めた。 メーター分をまともに払い、お礼まで言ってしまっている自分が、情けない。 とにかくその店に入り、ビールを頼み、場所を尋ねてみた。 「……。」 簡単な英語も通じない。ジェスチャーも通じない。地図を見せ、ここはどこ?と両手を広げて汗だくになっている間抜けな自分がいた。 店員のほとんどが集まり、奥からマネージャーらしき人物も寄ってきて、大騒ぎとなった。 それは、小学校の学芸会でモモンガの役で吐きそうになった以来の緊張感だった。 「もういい。もういい。大丈夫です。」 そして店を出た私は右も左もわからないまま、真っ暗な夜道をとぼとぼと歩き始めた。 フライトの疲れと緊張感に加えて、空腹状態。すれ違うたびに、野良犬が笑っている。 しばらくして、突然日本語で話しかけられた。 「こんなところで何しているんですか!?迷ったんですか?」 その人達は海外青年協力隊員だった。偶然にもその地域を徘徊していたのだった。 聞けば、そこはスラム街、旅行者には危険極まりないところだと言う。 ヤク中や暴漢にあってもおかしくない場所だ。と日本人に叱られたのだった。 小姑のような口調でそんな事を言われても、好きでここまで来たわけじゃない。 私がタクシーの件を話すと、一緒に市内まで戻ってくれると言う。 渡りに船、である。トンボ返りでホテルまで、またタクシーとは悲しかったが、彼らにはしつこいほど礼を言って別れた。 かくして無事、ホテルまでたどりつくことが出来たのだった。 部屋に戻ると安堵感からか、知らずに涙が込み上げてきた。 「こんなことでは負けない。こんなことで…引き下がらない。うぅ…」 この時の固い意志が、のちのまめ屋の運命を動かすことになったのだった。 |
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